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『日刊サイゾー』ラジオ批評連載コラム「逆にラジオ」第11回更新~『オードリーのオールナイトニッポン』~

『日刊サイゾー』のラジオ批評連載コラム「逆にラジオ」弟11回は、『オードリーのオールナイトニッポン』について。

【楽屋オチを吹き飛ばす、ネガティブ若様ご乱心の新境地『オードリーのオールナイトニッポン』】
http://www.cyzo.com/2012/12/post_12116.html

そもそもが、オードリーの『M-1』ブレイク後の余波の尻尾をつかむように始まった番組なので、開始当初から当然のように人気のある番組ではあったが、正直最初のころは人気に内容が見合っていないと感じていた。ネタに比べてフリートークの質が低いというか、どうも深いところまで入り込んでいない感触があった。

ただ一方で、漫才のクオリティはもちろん高いし、『アメトーーク!』等でのフリートークも常に面白かったので、ポテンシャルには疑いのないものがあるという確信もあった。多くのリスナーは、そのポテンシャルを頼りにこの番組を聴いていたんじゃないかと思う。少なくとも僕はそうだった。

ではなぜラジオではその面白さがイマイチ前面に出てこないのか、そして逆に、オードリーの本当の面白さが出る方向のトークとはどういうものなのかというのが、僕がこのラジオを聴く際のテーマだった。ような気がする。いま考えると。

で、これは本当に掛け値なく、近ごろ確実に彼らのラジオでのフリートークが面白くなってきている。そこにはもちろん、何らかの質的な変化があるはずだが、実はポテンシャルというものは、想定していた方向へ、予想通りの鍵で開くとは限らない。

コラムの中で触れた二つの新境地のうち、個人的には一つ(自己分析話)は想定内の、一つ(キャバクラ話)は想定外のものだった。とはいえどちらも振り切れているから、結局のところ想定外といったほうが正しい。前者はネガティブシンキング、後者はその反動としての(やけっぱちの)ポジティブシンキングが根底にある。それが若林という「オードリーの地味なほう」のキャラクターの中から、表裏一体となって同時に出てき始めているのが面白い。

オードリーに限らず、芸人のラジオについて、そしてその潜在能力の開花(というか開示の仕方)について考えるうえで、いま非常に興味深い段階にある番組だと思う。