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テレビに耳ありラジオに目あり

テレビ/ラジオを自由気ままに楽しむためのレビュー・感想おもちゃ箱、あるいは思考遊戯場

『アメトーーク!』2012/6/7放送回~時に百見は一聞にしかず~

今回のくくりは『師匠サミット』。といっても師匠によるサミットではなく、師匠(的ポジションの人)たちの逸話を語るサミットなので、出場者はサバンナ高橋、ナイツ、TKOら若手というほどでもない中堅芸人の面々。彼ら中堅芸人が、テレビではまったく観たことのない(あるいはときどき見かける程度の)超ベテラン劇場芸人たちの話をするという、何とも華のない企画。

しかしこれが思いのほか面白い。知らないおっさんおばはんの話をしてるだけなのだが。

人間歳を取るにつれ、それまで生きてきた中で修正されなかった部分が灰汁のようにブクブクと浮き上がってきて凝り固まり、それが偏屈な性格や意味不明な言動につながる傾向がある。若い頃のやんちゃなんてのは、周囲の視線を気にしている分まだ可愛いもんで、歳を取って「自分基準」がすっかり確立してしまうと、もう周りに自分を合わせようがなくなってくるようだ。

それを「個性」と呼ぶことも可能だが、そんな偏屈は汎用性がなさすぎて、だからテレビでは使いにくい。だけどそんな扱いにくい個性も、直接ではなく間接的に、話者を通じてエピソードとして耳にするぶんには面白く、テレビでも充分に通用する。

ポイントは「本人との距離感」と、「話者の技術」ということになるだろうか。間違いなく、「話で聴いたときは面白かったが、本人に会ってみたら言うほどじゃなかった」という展開になるのは目に見えている。しかし逆に言えば、そこに「話」というものの面白さの多大な可能性が潜んでいるわけで、世のなか必ずしも「百聞は一見にしかず」とは限らない。実際に見たり体験したりするよりも、話で聴くだけのほうが面白くて幸せなこともある。

トーク番組やラジオの面白さの本質というものは、本来そういうものだろう。それはつまり、テレビやラジオが現実を越える可能性でもある。やたらロケに行って何かを体験レポートしたり、工場見学的映像を流したり、医者や弁護士など現実の職業をドラマの舞台にすることが、即リアリティにつながるという風潮は、あまりに浅薄で想像力に乏しい。

アメトーーク!』は開始当初からずっと、トークの可能性を開拓し続けている。その姿勢が何よりも頼もしい。

【『アメトーーク!』HP】
http://www.tv-asahi.co.jp/ametalk/

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