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2016夏ドラマ『神の舌を持つ男』第2回レビュー~特殊すぎる設定がもたらす「強度」と「足枷」~

『トリック』風味ではありながら『トリック』クオリティではなかった初回からの挽回を期待したが、この2話目も蓋を開けてみれば1話目と同じような展開で、むしろ早くも物語設定と特殊能力の限界が露呈してしまった印象。

主人公たちの道のりが「温泉巡り」という設定ゆえ、「神の舌」が「温泉の成分を分解する」ことに使われがちであるのは自然といえば自然だが、2話目にして早くも問題解決策が似通ってしまっているのはやや苦しい。

さらには解決策だけではなく、問題の発生から解決へのプロセス一式が、1話目とほぼ同じ手順を辿ってしまったのにはさすがに疑問を覚える。主題となるのは、いずれも温泉旅館の経営問題である。一行が旅館に辿り着くと、まもなく近所で死体が発見され、警察の取り調べがあり、旅館と村役場の癒着があり、入浴シーンがあり、主人公が「神の舌」でヒントを得て解決し、またミヤビを追って新たな温泉へ向かう、という共通展開。

もちろん各箇所のディテールに違いはあるものの、ここまで物語を構成するパーツと全体の骨格が同じであるということは、あえて2時間サスペンスドラマの「紋切り型」を意図的にパロディ化している、と見るべきなのだろう。

しかしだとするならば、おそらくはパロディ元としての「2サス」という定型の認知度を、制作者サイドが高く見積もりすぎているのではないか。パロディというのはどうしても、元ネタの定型をある程度知った上でないと、楽しむことが難しい。このドラマを観て、「2サスあるある」を逐一発見しながら楽しめる人が多いとは、どうにも思えないのである。

そんな物語の形式的な壁に加え、視聴者にとって高いハードルとなっているのが、主人公の特殊能力であると思う。「個性的な能力設定」というのは多くの場合、ニッチに絞られた「狭い設定」でもあるので、よほど状況を変えていかない限り、飽きられるのが早い。

「能力」と「状況」の両方をともにピンポイントに絞ると、狙いすましたタイトな設定強度が得られるぶん、物語展開のバリエーションを失う可能性が高くなってしまう。具体的な場所は変われど、「旅館」「温泉」「山道」といった風景の種類は毎度変わり映えせず、「舌による成分分析」という特殊能力も、使い道が非常に限られている。

1話目を観た限り、「温泉」という設定と「絶対舌感」という能力はジャストフィットしているようにも思えた。しかし2話目まで観ると、それらは逆に噛み合いすぎているため容易には分離できず、それぞれに別の状況や用途を見出しづらくなってしまっている、とも感じられた。ここらへんの「個性」と「普遍性」のバランスは本当に難しい。

インパクトの強い設定は縛りが強く、反対にありがちな設定は自由度が高いというのは、なにもドラマに限ったことではない。音楽やお笑いにおける「一発屋」とは、基本的に前者であることが多い。

3話目以降も定型を守り続けるのか、あるいは大きく崩してくるのか。そろそろ展開が欲しいところだが、ピンポイントな「状況」と「能力」の設定に足場を固められているぶん、動きが取りにくいようにも見える。そういう意味では、手足を完全に縛られた状態からの「箱抜けマジック」のような離れ業が必要になるのかもしれないが、それができたらとんでもないイリュージョンになる。そう考えると、素材としてとても興味深い。

物語の「強度」と「バリエーション」を両立できるのか否か。そもそもそれらの両立が、面白いドラマには必要不可欠な要素であるのかどうか。しばし動向を見守りたいが、こんな目線で見守られるのも迷惑か。

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